本展ではstudiya.のギャラリー空間はショールームと倉庫エリアに分けられ、全体はリクルートセンターとして機能する。そこは仮構の労働市場への導入が行われる場であり、コーポレートアイデンティティと不可視のヒエラルキーをめぐる問いが交差する現場である。労働の美学を提示することは、それ自体が決して中立ではない。職場における個人化は一見すると自己表現の機会のように見えるが、実際には自己規律の形式である。自己定義を名目として、それは統制の仕組みとして機能し、個人が企業体のなかでいかに位置づけられるべきかを指示する。
JOIN THE PROFESSIONALSは、衣服という視点からコーポレートアイデンティティの変容を検証する。ここ数十年のあいだに労働者の制服文化は徐々に解体され、制度構造の重みを覆い隠す個性の幻想へと置き換えられてきた。かつては厳格なドレスコードや眼にみえる階層によって外在化されていた統制の負担は、いまや労働者自身に委ねられている。従業員は自らの職業的人格を構築し、維持しなければならない。能力、野心、適応力を備えているという印象を、組織の期待に応じて整え続ける必要がある。従業員は自らの職業的人格を構築し、維持しなければならない。能力、野心、適応力を備えているという印象を、組織の期待に応じて整え続ける必要がある。形式的なドレスコードが消失しても、ヒエラルキーは消えない。それは不可視の領域へと退き、より巧妙で内面化されたポジション取りの構図へと変化する。
これに対してENTERPRISEは、企業制服の再導入を提案する。それは回帰ではなく、構造を明示するための意図的な選択である。「Fatigues」という軍事用語に由来する作業服の概念を参照し、繰り返しの使用によって労働の痕跡を帯びる衣服を提示する。この制服は階層を明確に可視化し、上下のない関係が自明とされる語りを剥ぎ取る。
ドレスコードが廃されたとき、権力は消失したのではなく所在を特定しにくくなったにすぎない。能力、趣味、地位をめぐる自己演出のなかに埋め込まれたのである。
自由という名のもとに、現代の労働者は暗黙の記号体系を手探りで進むことになる。こうした野心や同調、帰属をほのかに示す振る舞いが交錯する空間では、ヒエラルキーは語られないまま常に存在している。
制服を再び導入することによって、ENTERPRISEは権力の力学を可視化する。自己規律の負担は軽減され、権威の仕組みを露わにすることで、職業的ヒエラルキーは演出的企業文化に隠されるのではなく、明示される。
平坦な組織構造という幻想が取り払われた時、権力は不可視の社会的記号を通して交渉されるのではなく、階級や役割という外在化された指標によって示される。
企業制服は単に地位を示すものではない。誰が権限を持ち、誰が従うのかを明確にするのである。曖昧さは取り除かれ、権力が無自覚のまま作用する余地は縮減される。
ヒエラルキーが可視化されたとき、統制は暗黙の排除や無言の期待を通してではなく、明確に発揮される。組織内の関係の前提は明確である。
テキスト: Lark Ring – 中崎大河